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映画『花の詩女』ブルーレイはいつの日か #fss_jp

 2012年に公開された映画『花の詩女 ゴティックメード*1はブルーレイ等のパッケージメディアとしてリリースされない。この映画の監督である永野護は何度も言っている。未見の方に説明しておくが、この『花の詩女』とは永野の漫画『ファイブスター物語』(以下FSS)の劇場アニメ映画だ。永野の初監督作品となる。
https://storage.mantan-web.jp/images/2017/11/05/20171105dog00m200020000c/001_size9.jpg

 パッケージメディアとして発売しない理由について永野は、とにかく劇場で見て欲しいからだと繰り返す。上記の記事が初めてではない。幸いにも、過去の映画の再上映を企画するドリパスのお陰で、この映画はこれまでに何度も上映されている。今月にも全国での上映が企画または決定されている。興味のある方は劇場でご覧頂きたい。詳細については以下を参照のこと。

 ドリパスの上映企画は、まず、上映館と日時が発表され、見たい者がチケットを予約。その予約が一定数を超えた時点で上映決定となる。これまでに何度も上映企画が成立しており、もう一度見たいという熱心なファンによって現在でも上映リクエストが行われている。だから決してこの映画は「コケた」訳ではない。にも関わらず、監督の永野は、この傑作をブルーレイとして売り出すつもりが全くないと言う。なお、FSSの最初の劇場アニメに永野は関わっていない。これには複雑な理由があり、ここでは割愛するが、この最初の映画はブルーレイとして発売されている。

 ここまでが前置き。今月発売の月刊ニュータイプに掲載されたFSSの1ページ目、扉には、今回のドリパス上映企画に関連して、『花の詩女』の音響や効果音についてのこだわりエピソードが書かれていた。ネタバレになるので詳しくは書かないが、ハリウッドレベルの緻密な仕事だったと永野は振り返っている。実際に劇場でこの映画を見たぼくは、なるほど、あの怒涛の音響はこうして出来上がったのだと驚いた。そして、以前からぼくが考えていた、ブルーレイとして出さないのなら、せめてドラマCD(まだビデオデッキが普及していない大昔にはアニメ作品の音声のみのレコードが発売されていた)で出して欲しいという願いも、叶うことはないのだろうと悟った。あの音は優れた劇場であってこそなのだろうと。
 そう言えば昔は効果音のレコードというものがあったと思うけど、今でもあるのだろうか? 『花の詩女』の効果音のみ収録したCDでもいいからリリースして欲しいとも思ったのだけれど。

あくまでも個人の感想ですが

 本音を言えば、『花の詩女』ブルーレイは是非とも出して欲しい。ぼくの考えだと、出さないのはリテイクしないと駄目だと永野が考えているからだと思っている。そのためにはスタッフを再結集しないといけないのだが、簡単には出来ない。当然、FSSの連載も止まるだろう。だから、それは次回作のFSS劇場アニメ映画制作まで待っているのだろうと。なお次回作は3159(年表に書かれている星団暦3159年のエピソード)だと思う。これはインタビュー等で永野がそれとなく発言していたからだけど、実際に映画を作るという話は、まだない。作りたいという願望はあるとのこと。
 FSS映画の次回作が3159、すなわちミラージュ騎士団によるアドラー星への武力侵攻となれば、間違いなく大規模なGTM戦闘となるので、作画が大変になることは明白だ。『花の詩女』のように永野ひとりでメカ作画をこなすという訳にはいかない(あの一連のシーンだけでも相当な手間と時間がかかったはず)。だから、あの映画は次回作制作のための宣伝にもなっているとぼくは考えている。こういう作画演出でやるから興味あるアニメーターは覚えておいてね! って。俺が描くロボットってのはこう動くんだぜ! こういう音が鳴るんだぜ! それは作者自身が映像にするまで全く分からなかった。だから、それを分かってくれ! また映画作るからさ! ってことだったんじゃないか。
 もしFSS映画の新作を作るとなれば、さすがに『花の詩女』ブルーレイを出せと角川から言われるだろうと思っている。今月のニュータイプを読んだとき永野がハリウッドという言葉を出してきたときにも感じたけれど、ハリウッド映画はパッケージ化することでの利益を前提として映画作るでしょ? どうして永野はそこだけ無視している? などと愚痴を書いても仕方ない。とにかく、映画を作るとなれば制作費の問題もあるので売れるパッケージは出して資金を得る。そのために、再度スタジオを組んだときに、まず『花の詩女』リテイク作業を行い、パッケージで出す。そして、そのスタジオで次回作の制作に入る。
 ぼくが『花の詩女』パッケージはリテイクありきとしているのは、これは直したほうがいいと思うカットがあった(これはあくまでも個人の感想であり、また、そのために作品のクオリティが下がってしまっているということはないと断言しておく)、だから直したいだろうと永野が考えているだろうと感じたからだ。そうでなくとも、あの作者ならリテイクしたいカットが絶対あるだろうとも想像している。だけど、リテイクなどしなくてもいいから出して欲しいというのが、本当のところだ。
 劇場での迫力や体験が100だとすれば、自宅のテレビで見ると、環境にもよるけど60~30程度に下がってしまうと思う。けれど、このまま永久に出さないってことは、さすがにないと思う。今ではドリパスがあるから、例えパッケージ化されたとしても上映は繰り返されると思うし、是非とも劇場で見たい映画だという感想は変わらない。
 それにしても、ここ数年の永野護の仕事の忙しさを見ると、次回作の映画はかなり先の話になると思う。なにせ連載を休まず(これまでのFSSは度々休載していた)、デザインズの新作の準備もある。カイゼリン立体モデルの発表、上記の記事は約一年前だが、この発売もいまだにアナウンスされていない。

追記

 後で追記する予定。ある程度書いたらツイッターで告知するつもり。
 永野護がブルーレイを出さないのは、自宅のテレビで見ただけで語って欲しくないという考えだと思う。あまり映画を見ないぼくでも、例えば『シン・ゴジラ』をテレビで見たときに、あの劇場で体験した感動が減衰されてしまったと感じた。ぼくがブルーレイとして出して欲しいと書いたのは、自宅で見たいということと、興味のない友人に貸して、見て欲しいという思いもある。しかし、劇場とは程遠い家庭用のテレビで見て、この程度かと思われてしまうかもしれない。それを永野が望まないという気持ちは、分かるつもりだ。
 多くの星団民*2は、それを分かっているから、ブルーレイで出さなくても構わないし、またドリパスにリクエストしよう。ちょっと遠くてもいいから劇場に見に行こう。そうなっている。ぼくのようにブルーレイを出してくれと言う奴は、あの映画の本質を分かっていない愚か者だということになる。

『花の詩女』公開当時の予告編動画

関連する過去のブログエントリー

過去に書いたFSSエッセイ個人誌

about

*1:公式ウェブ(http://gothicmade.com/) / 花の詩女 ゴティックメード - Wikipedia

*2:ファイブスター物語の世界、ジョーカー太陽星団で暮らす人民を指す言葉だが、FSSファンは自分たちをそう呼ぶ。

語られなくなった安倍なつみ

江連博士の日記から

つんく♂アップフロント

 モーニング娘。についてぼくらが知らないこと。それは、プロデュースするのはつんく♂だが実際に売り出したのはアップフロントという芸能プロダクションだということ。例えば、「安倍なつみをメインに売り出すためにモーニング娘。が結成された」というぼくらの記憶は、つんく♂の意志ではなくアップフロントの戦略によって植え付けられたものだった、ということだ。
 モーニング娘。を作ったのはつんく♂だ。テレビ東京ASAYANという公開オーディション番組の企画。小室哲哉がプロデューサーとしてヒットを連発していた時代だった。ASAYANでのシャ乱Qが関わるオーディションのなかで、オーディション落選者をつんく♂がプロデュースする流れとなり、モーニング娘。が生まれた。
 これまでぼくらは、プロデューサーがどんな仕事を行っているのかを知らなかった。本やインタビューなどの、つんく♂の発言を読むと、それが良く分かる。最近のつんく♂は、モーニング娘。について振り返ることが多い。ハロプロの総合プロデューサーを降りた彼の発言から、これまで知られなかった新事実が読み取れる。
 声帯摘出により声を失ったつんく♂は、まず、著書『だから、生きる。』(2015年)にて、多忙を極めたプロデューサー時代を振り返る。自分の意志で何でも決められることが快感で、休む時間が無かったけれど夢中になった。そして、身体が悲鳴を上げていた。
 つんく♂の著書、そして『モーニング娘。 20周年記念オフィシャルブック』(2018年)に掲載された彼のインタビュー。近年のつんく♂の発言の要点は以下の通りだ。

モーニング娘。について、メンバー選考、作詞作曲、レコーディング、サウンドの方向性、ダンスやコンサートの演出まで、ありとあらゆる決定を行った。
モーニング娘。楽曲はシャ乱Qでは出来なかった100%つんく♂サウンドと呼べるものだった。
モーニング娘。の楽曲は、その時点でのメンバーの人物像、キャラクターに当てはめて書かれたものであり、新メンバーの加入によって変わっていくものでもあるが、例えば、その歌詞の登場人物(主人公)の性格は、意外と変わらない。
安倍なつみなど、センターとなるメンバーを贔屓しては、いなかった。
デビュー当時、安倍なつみを推していた(安倍を中心に売り出していこうと考えた)のは、つんく♂ではなく、当時のモーニング娘。マネージャーであった和田薫
メンバーの選考について100%つんく♂だったのは4期メンバーまで。
LOVEマシーン」のヒット以前は、つんく♂の好きにやらせるという、のんびりした空気だった。
アップフロントハロプロ研修生(当時のハロプロエッグ)を重要視していなかったので、エッグからモーニング娘。メンバーへ昇格させることが難しかった。
つんく♂ハロプロ研修生(エッグ)のメンバー、全ての人となり、キャラクターを把握していた。
ここまでがハロプロ総合プロデューサーだった頃のエピソード。
プロデューサーを降りたのは病気のせいではなく、自身が描くハロプロアップフロントが目指すところが違ってきたため。

 ハロプロの総合プロデューサーを降りてから、つんく♂は、ハロプロについて、ほぼモーニング娘。についてしか語らなくなった。著書にも書かれているが、モーニング娘。は「音楽人生の半分以上を賭けてきた」存在だと言う。『オフィシャルブック』ではモーニング娘。を「もう1人の僕」だと言う。Berryz工房℃-uteなど、つんく♂プロデュースのハロプログループは数多くあるが、それらについて彼が語ることは、無くなった。彼にとって、モーニング娘。は特別なものなのだと、ぼくらは気付かされた。
 つんく♂ハロプロの、モーニング娘。の総合プロデューサーから離れて、現在のモーニング娘。はどうなっているのか?
 つんく♂モーニング娘。をプロデュースする際に重要視していたのは、自分を驚かせてくるような新メンバーを探して加入させること。メンバーから刺激を受けて曲を作ること。16ビートのリズム感を教えること。ハロプロの総合プロデューサーを降りて、現在ではハワイ在住のつんく♂は、以降に加入したモーニング娘。新メンバーについて詳しくなく、曲の「当て書き」が出来ないことを少し悔しがっている。
 つんく♂が他のプロデューサーと違っていたのは、自ら仮歌を録音することだ。初期にはレコーディング時にマンツーマンで指導していた。それは、陶芸家が弟子にその技を相伝する行為に近い。喉の調子が悪くなり仮歌の収録を止めるまで、彼は仮歌を録音し続けた。結局、喉頭癌で声帯を失うこととなった。彼は命を削ってハロプロを作ってきたのだ。
 2015年から、ハロプロつんく不在の穴をどうやって埋めるか、必死だった。本題ではないので詳しくは書かない。
 モーニング娘。'14のニューヨーク公演。これはプロデューサーつんく♂の最後の仕事だった。翌年の2015年から、つんく♂モーニング娘。に楽曲を提供するソングライターとしてモーニング娘。に関わるようになった。他のハロプログループに曲を書くことは、ほとんど無くなった。
 モーニング娘。'15からは、つんく♂のプロデュースでは無くなった。ぼくらはこれを、富野由悠季以外の監督のガンダムのように感じ取って、見続けている。ガンダムとは富野監督作品のみを指すというファンがいると聞く。
 最新のモーニング娘。のアルバムには、つんく♂楽曲が多く収録されているのだが、それまでの「Produced by つんく♂」と表記されていた頃と比べて、どこか物足りなさを感じてしまう。全体的に似たような曲が続く。聞きやすいかもしれないが、「Produced by つんく♂」ラストとなったハロプロ研修生のファーストアルバム(2015年発売)のような、鮮烈な印象とは程遠い。

安倍なつみの尻尾

 ところで、ぼくらの記憶だと、モーニング娘。の中心人物は、グループのマザーシップとも称された安倍なつみだった。どう見ても、そのように感じられた。「ふるさと」までのモーニング娘。楽曲は、安倍なつみを主人公として描かれたものだと思っていた。だからぼくらは、プロデューサーのつんく♂自身が安倍にかなり入れ込んでいたのだと思っていた。ところが、最近のつんく♂の発言を読むと、安倍なつみをそこまで高く評価していないことが気になった。
 ハロプロ20周年ということで、現在のモーニング娘。メンバーが歴代の先輩についてインタビューなどで語ることが多いのだが、安倍なつみを偉大な先輩だと発言する者が一人もいなかった。
 安倍なつみの名前を挙げるモーニング娘。現役メンバーが居ないことについては、とりあえず無視する。彼女たちの自由だからだ。勝手にすればいい。しかし、つんく♂安倍なつみについて、さほど絶賛していないのは、意外だった。
 しかし、「LOVEマシーン」ヒット後に刊行されたつんく♂の著書『LOVE論』(2000年)を読み返してみると、つんく♂安倍なつみ評は、当時から現在まで、変わっていなかった。この著書では、安倍を森高千里つんく♂にとってはアップフロントの先輩)と同様の「敷居の高い女」と称するが、要するに頑固なのだと言う。2018年の『オフィシャルブック』のインタビューでも、安倍=頑固と答えている。その点で、つんく♂の発言は一貫している。
 その前の時点、モーニング娘。結成の経緯について、つんく♂はこれまでに何度も語っているが、ハロプロの総合プロデューサーを降りてから、その発言のニュアンスが微妙に変わってきた。もう、ぶっちゃけても良いだろうという感じだ。『オフィシャルブック』のインタビューの冒頭、つんく♂は、こう語る。マネージャーの和田薫安倍なつみを中心に売り出すと息巻いていた。和田はシャ乱Qのマネージャーでもあった。和田の仕事がなければシャ乱Qのヒットはなかった。つんく♂は世話になった和田に恩返しをしたいということで、和田の意向を汲み、モーニング娘。のプロデュースを引き受けた。
 プロデューサーであるつんく♂自身、安倍なつみをメインに売り出すとは一言も言っていないのだ。これがモーニング娘。の真実だ。
 初期のアップフロントの戦略で、ぼくらは安倍なつみこそがモーニング娘。だという記憶を持つ。しかし、実際には、そうではなかった。安倍の人気が高いことは嘘でも幻でもない。だけどそれは、コンサートでなっちコールを繰り返すぼくらだけが知っている。それは、ぼくらが共有する体験談だ。
 安倍なつみ後藤真希、そしてハロプロのソロ歌手として最も有名な松浦亜弥。ぼくらは、この3名を「御三家」として特別視するけれど、つんく♂は誰も贔屓していないし、彼は、あの頃は良かったというような、過去の栄光にすがるような発言をしていない。『オフィシャルブック』でのつんく♂インタビューでは、どの時代のモーニング娘。が良かったと優劣を測るようなことはなかったし、現在でも過去の曲は古びていないのだと、いわば、モーニング娘。全肯定を行っている。
 そのようななかで、ぼくらは、ずっと勘違いを続けてきたのだろうか。
 ぼくらはこれまで、全てのハロプロメンバーにとって安倍なつみとはアークマスター(ここでは精神的支柱を指す)となっているものと、信じて疑わなかった。2018年現在、そういうふうには、なっていない。ぼくらがそう信じて疑わなかったのは、現在のモーニング娘。メンバーからリスペクトされている高橋愛を、それほど高く評価していなかったからだ。正当なものの見方ではないことは承知している。現在の若いファンにとって重要な、いわゆるプラチナ期が、ぼくらにとっては退屈でしかなかった。
 高橋愛が絶賛されて、安倍なつみが無視されている。そのように感じるから、ぼくらは歴史の改変だと叫んだ。最近の安倍は育児休暇中であり、他のモーニング娘。OGと違って芸能活動を控えている。そして、ハロプロ20周年として多くのモーニング娘。OGが積極的にインタビューに答えているなかで、安倍は多くを語らない。現在でもモーニング娘。現役メンバーに言及しコミットしているモーニング娘。初代リーダー中澤裕子とは対称的に、安倍なつみは沈黙している。それは、もしかしたら、彼女の願う世界だったのかも、しれなかった。
 安倍なつみのファンとして、思うところがあったので、ここまで書いたのだが、冷静ではないことを分かって頂けるだろうか?
 現在のハロプロについて、ぼくらは何を見ているのか。興味が無くなったわけではない。無理してハロヲタを続けているわけでもない。そして、ぼくらがハロプロ以外のアイドルに夢中になることは無い。ハロプロと同じアップフロント所属のアプガや吉川友であれば見ることはあるかもしれないが、ハロプロ特有の「癖」にすっかり馴染んでしまっているぼくらは、ももいろクローバーやAKBのような他社のやり方が好きになれない。アイドルファンのなかにはハロプロだけは見ないという者がいる。だから、ハロプロだけを見続けるぼくらには理由がある。
 ぼくらにとってモーニング娘。メンバーとは、安倍なつみからバトンを託された後輩なのだから、たとえ彼女たちから安倍の名前が出てこなくても、決して無視出来ない。
 そのように考えるぼくらは、いわば安倍なつみの尻尾だ。

イベント「おもしろ同人誌バザール・プチ」参加 8/11

久しぶりに同人誌頒布イベントに参加します。新刊はありませんが、よろしくです。既刊個人誌の頒布、そしてフリーペーパーを配布する予定です。

おもしろ同人誌バザール・プチ
8月11日(土)
12:00~18:00
大崎駅南口改札前自由通路​「夢さん橋」
参加サークル名:はなごよみ

イベント概要

頒布個人誌

モニ・セイクレッド ~アイドルまとめサイトの作り方~
ハロプロまとめサイトの作成ノウハウ

NAGANO!
ファイブスター物語の紹介

フリーペーパー

語られなくなった安倍なつみ
モーニング娘。に興味のない者にとって、モーニング娘。とは謎でしかない。なぜ、いまだに活動しているのか。どうして人気があるのか。全く分からない。モーニング娘。が何者なのか、ぼくらは知らない。モーニング娘。が何者なのか、それを記しておくことは重要だ。それはあまりにも膨大な記述となる。そこで、近年のつんく♂の発言から気になるものを取り上げてみる。

about

つんく効果

つんく効果」という言葉があって、ギョッとした覚えがある。つんくプロデュースであれば、一見つまらなくとも最後にはつんく効果による霊験あらたかな力が発揮されて楽曲が面白くまとまるだろうという意味らしい。
このBerryz工房についての批判の代表的な文章は、彼女たちの音楽活動が始まって日ならずして、僕に届いた手紙の内容に尽きる。つまり、「つんく作品を期待して見ていたのに、Berryz工房はなんだ! CDを若い連中の教育に利用している!それは作品作りではない。音楽に対しての冒涜だ!あなたは創作者の立場を放棄したのか!」
が、Berryz工房がデビューして思うことは、時には、楽曲制作を若い人の教育機関として利用させていただいても良いのではないか?という感触であり、それは、今でも変わっていない考えである。この僕の思い切りが、Berryz工房の不幸と、ハッピーさを生んだ。そのハッピーさの部分に、Berryz工房故に手に入れることができた成果がある。しかし、その成果が、僕に関係のない部分での成果であると言うことが口惜しい。
ハロー!プロジェクトは、いまや芸能であり、かつ、かってのように学芸レベルのものであるという両極を備えたジャンルとして成長してしまっている。今後は、この広いテリトリーの中で業務をこなしていかなければならない時代に突入している。かって、小室が、TVというメディアに出会ったと同じ変革の時代に入っているのだ。 表面の見え方は違うが、変革としては、同質の問題を含んでいる時代なのである。その時代を迎えた現在、アップフロントでさえも、そこは、大人としての偉い人々の固りになってしまっている。そんな大人たちだけの発想で、若い人たちに見て貰えるような作品は作ってはいけない。
革新的な作品を作る事ができるスタッフというのは、所詮は、三十代までである。それは、かってのアップフロントでも、そうであったし、そうして来たのだ。が、大人は、自分の主権を奪われることが怖いために、若い人の参加を危険視する。若いスタッフに任せて、もっと巨大な成功を手に入れれば、そのピンハネだけでメシが食えるとは思わないのだ。それでは恥かしいし、現場としてはヤバイから……と。しかし、浜崎あゆみを使ってみせるプロダクションの大人たちを笑う人はいないだろう。それが、まず、芸能の世界の生き方である。 そして、もう一方の学芸レベルということでは、確実に生き残る作品を創作するという堅実さである。モーニング娘。のように……だ。
平成世代は、僕のような“おじさん”にとっては、異星人である。僕は、Berryz工房の詞も曲も大嫌いだ! が、その平成生まれの少女たちの存在を手に入れていかなければ、
 U F A は ヤ バ イ ヨ ! 
ということになる。

10年前の文章をそのままドロップ。ぼくの心境は驚くほど変わっていない。

about

初めて見たハロプロ研修生公演にて松原ユリヤに感動した理由

https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/81Ly62Q7g-L._SL1500_.jpg

 松原ユリヤが歌う姿を見て、ぼくは感動した。涙が止まらなかった。どうしてだろう?

 2018年5月6日。ぼくは初めてハロプロ研修生の公演を見た。その公演は年に一度開催される実力診断テストと呼ばれるもので、研修生全員がそれぞれ、自ら選んだ課題曲をソロで歌う。
 ハロプロ研修生28期メンバー松原ユリヤは、2008年2月26日生まれ。最も若いハロプロ研修生だ(2018年5月6日の時点で)。

公演当日のTogetterまとめを作成
ハロ!ステにて実力診断テストのダイジェスト映像が公開(5月9日)
※12分からのリンク
https://www.youtube.com/watch?v=8X4iq0IR5tE&t=12m


 下記のブログエントリーの続き。
 コミティアという同人誌即売イベントに「はなごよみ」としてサークル参加することになり、その翌日にハロプロ研修生の実力診断テストが開催されると言うことで、今回、初めて研修生の公演に行った(ぼく自身いわゆるアイドル現場へ行くことが苦手なので/そんなぼくがどうして実力診断テストへ行きたいと思ったのかは前のブログに書いた)。そして、「はなごよみ」主宰の押井徳馬さん( id:osito / @ )と連番で見ることにした。押井さんはハロプロの公演を見たことはなかったけれど、同人アイドルなどの現場へ通うことは聞いていたので、ぼくにとってはアイドル現場慣れした「先輩」でもある。彼を誘ったのは「先輩」の隣であれば自分の現場苦手意識を克服出来るのでは、と言う考えもあった。
 実力診断テストを見た押井さんから興味深い感想を聞くことが出来た。今回の実力診断テストにて研修生が選んだ曲は、かっこいいダンスが映えるもの、いわゆるセクシー路線が多かった。押井さんが好きな、クッキンアイドルまいんちゃんのような「かわいい」曲や歌唱パフォーマンスは少なかった。押井さんは、どうしてセクシー路線ばかりなのか少し疑問に感じたのだと言う。詳しくは押井さんがレポブログをアップしたので、是非とも下記ブログをご覧ください。

 言われてみると思い当たる。ハロプロ研修生の実力診断テストでは当然の如くハロプロ楽曲から課題曲が選ばれる。近年、ハロプロの楽曲はセクシー路線ばかりが目立つ。特に、2015年からつんくハロプロの総合プロデューサーを降りてから、そのような傾向なのではと感じている。そうではあるが、例えば、2017年に解散した℃-uteが後期(特に2015年以降)はセクシー路線の楽曲でとにかく攻めていた印象があり、その℃-uteのファンの若い女性が目立ってきた。彼女たち若い世代はハロプロ=セクシー路線だと捉えていて、それが良いもの、かっこいいものだと好意的に感じている。だとすれば、現在の研修生も世代としてセクシー路線を志向する者たちが少なくないと言うことになるだろう。
 松原ユリヤが選んだ曲は、つばきファクトリーの『春恋歌』だった。この季節の柔らかい感じを覚える、つばきファクトリーの名曲だ。

 自分で作成したTogetterまとめにもあるように、今年の研修生のレベルは全体的に高いものだ。「お前、練習して来たのか?」と疑問に感じる者はいなかった。
 松原ユリヤの歌唱パフォーマンスは、決してスキルの高いものでは、なかった。それでもぼくは感動した。あの松原が、ここまで歌えるようになっていた。少なくとも音痴ではない。そして、その堂々とした歌いっぷり。児童のそれでしかなかったのかもしれない。それでも「良くやった!」と称賛したい。そういう高揚感がまずあった。だからぼくは、感動したのだし、泣いたのだった。
 まだ少女と呼ぶには若く、幼い。そんな彼女が、素直に歌う。そういったさまが、とても良かった。どこか懐かしさを感じさせるものでもあった。遥か昔にぼくが失った何かが、そこにあったのかもしれない。
 最近のハロプロはダンスありきだ。セクシー路線の楽曲でもあり、そして、テクニックあってこそのハロプロ。多くの研修生が目指す傾向がそこに「偏って」いると感じることがあった。それでこそハロプロなのだと言う見解もあるだろう。一方で、かわいい路線を目指す研修生も、いた。けれど、そして、松原ユリヤは、そのどちらでもなかった。研修生を含むこれまでのハロプロの誰とも似ていない。松原の立ち姿は、堂々としていた。凛としていた。まだ稚拙かもしれないが、とにかく、彼女は逸材であり、有望だ。そう感じた。それでぼくは感動したのだ。
 ぼくが松原ユリヤに感動した理由、泣いてしまった理由は、そういうことだ。

 ということで、今回のブログはここまで。あとは雑記です。

#ハロプロ超帝國

松原ユリヤの立ち姿が堂々としていた。凛としていた。毎度おなじみファイブスター物語で例えると、小学生の超帝國剣聖、ミキータ・オージェを彷彿させるものでもあった。ファイブスター物語の読者でなければこの例えは通用しないけれど簡単に記しておく。超帝國剣聖とは太古に存在した伝説の騎士であり、現世では居ないことになっているが、最近になって彼らが転生していることが確認出来た。超帝國剣聖とは人間離れした異常な破壊力を持つ戦闘人種なのだが、現世に転生した彼らにその力はない。ところが、何かのきっかけで覚醒し本来の戦闘能力が復活するだろうことが予告されている。松原ユリヤが歌う姿に、そのような「大化け」するかもしれない衝撃を、ぼくは感じ取ったのだ。それで、泣けたということでもあったのだ。これはファイブスター物語ファンとしての感じ方なので、あの日、中野サンプラザでぼくのように感じた者は、恐らくぼくだけだっただろう。付け加えておくと、超帝國剣聖とは恐怖の象徴でもあるので、ぼくは松原に対して、ある種の畏敬の念を感じたのかもしれなかった。

 自分で作成したTogetterまとめに、5月9日に公開されたハロプロYouTube番組『ハロ!ステ』にてこの公演を初めて見たハロプロファンのツイートを追記した。松原の歌唱について好意的なツイートも多かった。最近の研修生、そしてハロプロが失った何かが松原の歌にはあるといった発言も見られた。
 改めて動画で見てみると、細かいところまで良く見える。なるほど、こうだったのか。全然踊っていないと思っていた松原ユリヤが意外と踊っていた。確認の意味でもこういった動画配信は重要だ。そうではあるが、実際に見たときの、強烈な感動は、動画とは比較にならない。
 既にぼくはハロプロの公演などの現場へ行かないと宣言している。しかし、研修生の実力診断テストだけは別だろうと感じた。
 ぼくが現場へ行かないと決めたのは、楽しみよりもストレスが勝ってしまったからなのだが、それは例えば、ファンの応援する姿、あの場に付いていけないと感じることだ。そこまで騒がなくともいいだろう。騒ぐと書くと一部の厄介者の迷惑行為を指す場合があるけれど、そうではなく、ぼくにはあの、ハロプロファンの一般的な応援スタイルは騒いでいるとしか感じられなかった。あれが90分も続くことが、ぼくには耐えられなかった。コンサートの現場でぼくはこれまでに、そう感じてきた。自宅で映像を見るときには、そういった感じ方はしない。付け加えておくと、そういうファンの応援スタイルを止めろと言っているわけではない。ただぼくは、そういうことをしないし、コンサート会場で自然と身体が動くと言うことも、ない。だから、羨ましいことでもあるのだ。あのような応援スタイルは現場以外でも映像で見ることが多いし、見慣れたものではある。ハロプロの現場とはこういうものなのだという認識もある。あれが無くなるとはとても思えないし、無ければ無いで寂しいものだとは感じている。だけど、ぼくは、そこに入って一緒に盛り上がることが出来ないのだ。
 ハロプロの公演を、ただ黙って見るなんてことは有り得るのだろうか。それは盛り上がっていないコンサートではないのか。
 研修生の実力診断テストが良いと思ったのは、ファンが皆、黙って演者を見ていることだった。全ての研修生がソロで歌唱パフォーマンスを披露する。観客はそのなかの一人に投票する。これが実力診断テストだ。だからファンは黙って見ている。熱心にメモを取る者もいる。披露が終わったら拍手。ぼくはこの空気をとても良いものと感じた。公演の最後には、研修生全員で普段のハロプロ公演のように歌い踊るので、そこではファンも普段のように光る棒を振り回したり声援を送ったりするが、ぼくにとっては最後のそれは「おまけ」のようなものだし、数曲なので苦痛を感じたりはしなかった。
 研修生を含めて、ハロプロメンバーがソロで歌う公演はほとんどない。ファンクラブ会員限定のバースデーイベントなど一部を除いて、ソロで歌う姿を見ることはない。そういった点でも実力診断テストは珍しい公演だ。テスト中ファンは着席して見る。これはぼくにとって心地よいものだった。多くのファン、そして研修生にとっても、声援や応援パフォーマンス(光る棒を降るなど)のない静かななかで歌うことは、緊張感が伴う。ぼくは、あの緊迫した空気が、好きになった。この実力診断テストに挑む研修生にとっては、自分を魅せることが出来るハロプロ楽曲はどれか、どうやったら目立つことが出来るか、など、試行錯誤する。間違いなく、試行錯誤したのだろうと思う。ハロプロには○○総選挙のようなメンバー同士を競わせるようなイベントは皆無なのだが、この実力診断テストだけは違う。そしてこれは、人気投票では、ない。ハロプロ楽曲大賞のエントリーコメントを見ても分かるように、ハロプロファンは「音楽として」そして「アーティストとして」ハロプロを評価し、嗜好する(それが全てではないが)。

 そしてぼくには、少し思い出すことがあった。他の誰とも似ていないと書いたのだが、松原ユリヤの歌う姿、そしてその歌声が、誰かに似ていた。ハロプロではない誰かに。
 ミラーボールが好きだからミラーボールのようなキラキラな衣装にしたのだと、松原は言っていた。そして、課題曲に『春恋歌』を選んだ理由を「簡単だから」と言った。オーディション時から彼女の発言は面白いものばかりだ。ここで重要なのは、受けを狙って面白い発言を選んだ訳ではないと言うことだ。それは、実に好ましい。
 こういうタイプの芸能人を、ぼくは過去に見たことがある。それは、春名風花だ。年齢にしては辛辣な発言で知られる通称はるかぜちゃん。ぼくは主に彼女のツイッターを読んで知っているだけだが、普段の彼女は、かわいらしく、そして面白いものであった。現在では声優であり、すっかり綺麗なお姉さんとなった彼女だが、子役時代の彼女は、実に面白い人物であった。
 松原ユリヤの声が春名風花に似ていると感じた。天才的なキャラクターも似ている。しかしこれは正確ではない。春名風花は『こどものおもちゃ』というアニメの大ファンだった。このアニメの原作となる漫画、その主人公のモデルは、かつて『あっぱれさんま大先生』にて奇天烈な発言で話題となった子役、有田気恵だった。有田はその不思議な言動から異星人と呼ばれていた。呼ばれていなかったかもしれないけれど、そういうキャラクターだった。彼女は、極めて真面目に、世界と向き合い、発言していた。それが最高に面白かったのだ。それは『窓ぎわのトットちゃん』の黒柳徹子のようだったと言われている(これは同番組で共演した山崎裕太のコメント)。当時のぼくは、このことがきっかけで黒柳の著書を読んだ。それほど、ぼくは有田気恵の大ファンだった。そう、すなわち、松原ユリヤとは有田気恵であり春名風花でもある。ぼくは、そう感じた。それは、単に子供だから面白いことを言うのだろう、ではない。ぼくにとって彼女たちは、天才的な大いなる何者かによって選ばれ、何処からか遣わされた者なのだ。
 松原ユリヤが歌う姿を見て、春名風花に似ていると感じた。そしてぼくは、春名風花ハロプロに来て欲しいと願っていたことがあった。だから、松原ユリヤハロプロ研修生としてステージに立っていることに、かつての自分の願いが叶ったと勘違いしたのかも、しれなかった。
 松原ユリヤはまだ小学生ということもあって、近くに正規グループへの昇格はないだろう。そして、まだ若いから、考えが変わって研修生を辞めてしまうかもしれない。それでもぼくは、彼女に、ハロプロ研修生として是非とも頑張って欲しいと、願っている。
 最後に。アイドル現場の「先輩」でもある押井さんと連番し、押井さんが光る棒を振り回しているのを見ても、ぼくは動かずにステージを見たままだった。アイドルファンとして自分がやらない応援スタイルではある。良く知る間柄である押井さんがそれをやっているのを隣で見ても、不快だとは、全く感じなかった。そして、ぼくはこれまで通り、黙ってステージを見る。押井さんと一緒に公演を見て、そこは変えなくても全く構わないと、やっと気づいた。
 そしてぼくは、次の現場を、来年の実力診断テストにすると、密かに決めた。

ハロプロ研修生:リリース詳細|ハロー!プロジェクト オフィシャルサイト

Rainbow×2

Rainbow×2

ハロプロ研修生の期については下記のツイート画像を参照のこと
https://i.imgur.com/ACIQir6.jpg
https://twitter.com/hp_mid_s/status/990862428492578817

お知らせ

 5月5日コミティアで頒布した新刊は絶版にしました。理由は、実力診断テストを見て色々と思うところがあったからです。いづれ、何かしらのかたちでお届け出来ると思います。

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