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もえぎのhtnb

萌えぎのエレンのメインブログです

ブログに書くか同人誌を出すか

 今週のお題「書くこと」
 http://blog.hatena.ne.jp/-/campaign/odai/entries

 ぼくは文章だけの個人誌を何冊か出した。

ひきこもり博士の[ハロプロ][萌え][エヴァンゲリオン]研究日誌 - 萌えぎのエレン同人誌info
綾波レイはどこへ消えた? - 萌えぎのエレン同人誌info
あまJ - 萌えぎのエレン同人誌info
NAGANO! - 萌えぎのエレン同人誌info
『正かなづかひ 理論と實踐』ほか「はなごよみ」「書肆言葉言葉言葉」刊行物のご註文(通信販売のページ)
11月24日に開催される第十九回文学フリマでも頒布(サークル「はなごよみ」id:osito

 どれも、書きたいことだけを書いて出した本だ。そこで、今回のはてなブログのお題、書くことについて考えてみる。ぼくにとって書くこととは?
 書くこととは、考えることである。パソコンの画面に向かい、これまでにブログやツイッターなどで書いてきたこと、自分の頭のなかにある、消化しきれなかった諸々を、あらためて整理し、他人に読んでもらえるように順序立てる。趣味で文章を書いて同人誌を出している自分にとって、それらの作業とは、頭の体操となる。ではぼくは、書くことが好きなのか?
 仕事ではなく趣味で、長文のブログを定期的にアップしているような人達は、書くことが好きなのだろうと思う。絵描きは、禁じられようが仕事がなかろうが絵を描く。描くことが好きだから、どうしても描いてしまうような人達だと思っている。そのような、文章を書くことそれ自体が止められない、書くことが好きだというブログの書き手は少なくないと、ぼくは仮定する。ぼくも、同人誌の原稿を書いているときに、自分は書くことが好きなんだろうなと感じる瞬間はある。けれど、基本的に長文を書くことは、とても面倒だし時間がかかる作業だ。
 どんな長文の原稿であっても、言いたいことは、だいたい一言、ツイッターの140字制限に収まるようなものだ。「萌えとは主食ではなく菓子のようなもの」「モーニング娘。とはレッドミラージュである」、その一言を説明するためだけに、前フリとして長い文章を用意する必要があるのだ。それならば、わざわざ同人誌など出さずに、ツイッターで延々と書けばいいのではないか?
 ツイッターで書いたことをブログにまとめる。ぼくもたまにそういうエントリーをアップする。しかし、ぼくは何度も書き直す。アップしてからも何度か修正する。それだと最初に読んで、それっきりという閲覧者もいるだろう。それはそれで仕方ないのかもしれない。そして、ある時期からぼくは、ブログは適当に書いて、完成版を同人誌として出すという考えに切り替えた。
 そろそろ気づいた方もいらっしゃるかもしれない。ぼくは話の途中で意識することなく、まったく関係ない話を始めてしまう。どうやらこれは一種の病気のようなのだ。ツイッターでは、前後のエントリーで話がつながっていなくても、そういうものだと思ってくれる。しかし、ある程度まとまった長さで話を伝えようとするときに、この病気は厄介だ。だから、新刊でこれを書くと決めてからは、どういう順番で何を書くかについて、時間をかけて構成を行う。執筆作業の半分以上が構成なので、ワープロソフトのアウトライン機能は欠かせない。三ヶ月で一冊書くとすれば、二ヶ月は延々とこの構成をやっていることになる。
 なぜブログではなく同人誌なのか。それは、印刷した本のほうが自分にとって便利だからだ。ぼくは、年寄りのように同じ話を何度も繰り返す。たまにそのことに気づくことがある。ブログを書いていても、気づいたら同じことを書いている。それは、無駄だと思うんだ。だから、自分の考えたこと、感じたことを本にしておけば、これはここで書いたなと自分でも分かる。だからぼくは手に届く場所に自分の同人誌を置いておく。ブログだといつ書いたか調べるのが面倒なのだ。
 そして、同人誌を出す最大の理由。それは、質問に答えるのに非常に時間がかかるからだ。ツイッターなどで、ぼくの書き込みにレスが来ることがある。そのなかには、すぐには答えられないものがある。それは意外にも、世間一般では、ごく当たり前の質問だったりする。そんなとき、本当は電話したい。電話でならば答えられる。けれど、文字として「今すぐに」書いて答えるのは、ぼくにとって非常に面倒どころか、不可能だ。それでも、ツイッターなどではテキストで会話しなければならない。結果的に、正しく伝わらないことが多い。
 だからぼくは、それらの「答えられない質問」をメモしておく。そして、同人誌を書くときに、じっくり考えて、答えを書く。なぜブログではないのか。それは先に書いた通り、手元に置いておきたいからだ。ブログを印刷すればいいのかもしれないけれど、どうせ印刷するなら同人誌として出したほうがいい。だから、あの同人誌はあの人に対する答えの一文を書くためだけに出した、というものも、ある。
 ツイッターの一言が誤解されることだってある。長文を書いて同人誌を出すのは面倒だけど、ぼくにとって、それしか方法がないからだ。