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萌えぎのエレン(同人誌サークル「秘密結社まづいたれ」主宰)のメインブログです

アウトテイク(ハロプロの魂の在り処や愛の形)

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 本日のブログは過去に書いた文章、個人誌原稿アウトラインのなかから「使えない」ものを羅列した。まとまりがないけれど仕方ないデス。

 ハロプロはまずリズム。リズムは骨。萌えは肉に相当する。それはなぜか。ハロプロの歌手、ハロプロメンバーはリズム感を徹底的に鍛えられる。16ビート。
 萌えと音楽というテーマで、アイドル楽曲について考えてみた。ぼくはモーニング娘。デビュー後の楽曲しか興味がないので、その直前に東京パフォーマンスドールが(女性アイドルとして)存在してことしか覚えていない。松田聖子おニャン子クラブの時代を持ち出す気は、最初からなかった。
 ぼくはこれまで、音楽ライターのような文章を書いたことがないし、書ける自信が全くない。ハロプロファンのなかにはプロアマを問わず、優れた書き手が大勢いる。モーニング娘。デビュー当時から存在したファンサイト、いわゆるテキストサイトの書き手は、プロの音楽ライターが多かった。彼らの優れた文章を読み、ぼくには無理だと感じていて現在に至る。彼らは専門家であり、当時の「モーヲタ」と呼ばれた一連のムーブメントの先導者だった。インターネットで検索すれば幾らでも読むことが出来るだろう。そして、あんなふうに上手く書くのは無理なので、ぼくは別の側面から考えてみたい。
 ぼくが書けるのはハロプロの魂の在り処や愛の形。
 いわゆるアイドル、ここでは日本の女性アイドルグループを指すことにする。そのアイドルと萌えとの関連について、考えるまでもなく、アイドルと萌えとの関連は密接だ。アイドルファンはアイドルに萌えている。それ以外に理由がないだろう。そう考えることは、間違いではない。そうではなく、彼女たちを「アーティスト」としてリスペクトする、という見方、ファン心理もあるだろう。個人の見解としては、ぼくはアイドルに萌えを感じることはあっても、それが全てではない。相手が人間であるのだから、彼女たちの生き方を尊重する。ハロプロファンのツイッターを見ていて、日々、そう感じて、共感している。ぼくはハロプロ以外に興味がないので他のアイドルファンがどうなのかは知らないが、大方、外れてはいないと思う。
 ハロプロはポップソングの歌い手や作家から支持されている。彼らは、音楽として魅力的であると唱えている。
 近年、いわゆるアイドル音楽は日本の流行音楽として海外からも支持されている。そのなかでもハロプロは、音楽として高度なことをやっていて、そのなかに萌えのヒントがあったのかもしれない。
 ダサかっこいいくそまじめではない。直球ではない。ちょっとおかしい曲ってのが時々出てくるのがハロプロ
 サウンドそのものに萌えを感じる。それは音楽マニア的な見方、聴き方だ。ぼくが好きだったYMO以降の音楽、坂本龍一小室哲哉サウンドに萌える点。シンセサイザーの電子音であること。その音色のセレクトがまずある。そして転調を効果的に使ったこと。複雑なコード進行やバックトラックの複雑さ。小室哲哉の功績。シンセサイザーの電子音を全面に押し出した音楽をポップソングとして認知させたことだ。

 前にどこかで書いた文章の続き。
 ぼくらは、つんくの言葉がすなわちアップフロントの公式見解だと解釈していたのだが、どうやら違う。初期のハロプロがアイドルを名乗らなかったのは、自分たちにまだその自身がなかったのだと、まことは雑誌のインタビューにてコメントしていた。そう言われてみると納得する点がある。しかし、これは、アップフロントの公式見解なのだろうか?
 それはともかく。
 現在、女性タレントのなかでアイドルとは、まず、芸能プロダクションが「アイドルとして売り出す」者だ。それがファンから「アイドルを超えた存在」と呼ばれても、だ。もちろん、ヒットせずに消えていく者もいる。そして、地下アイドルなどの初めから「アイドル」を自称する女性たち。芸能プロダクションの所属しない場合が多く、テレビやラジオなどの大手メディアへの露出はないが、ウェブでの動画配信など自分たちで出来ることを最大限に活用する。
 本来の意味。大衆から支持されている者が、すなわちアイドルだ。そのような定義は薄れている。
 もはや、テレビに出てこそアイドル、ではない。そうではあるが、女性アイドル百花繚乱のこの現世では、有象無象の「アイドル」がテレビで面白おかしく取り上げられている。
 最近のテレビってアイドルアイドルって騒ぎ過ぎ。そのお陰でモーニング娘。もテレビに出られるようになったけど(一時期は枢軸連中ばかりだった)。ぼくはハロヲタだからモーニング娘。が最強だと思っているけど世間では決してそうではない。だから逆に、テレビの馬鹿騒ぎに便乗するなとも感じている。
 昔、アイドルとは、テレビに出て、大手芸能事務所がアイドルとして売り出す者たちだった。今は違う。モーニング娘。から地下アイドルまで全てアイドルと呼ばれている。かつてはガンダム=富野作品だった。今は誰がガンダムを作ってもいいと永野護は言っていた。それに似ているのかもしれない。
 ぼくが「人気のないタレントをアイドルとは呼ばない」「地下アイドルはアイドルではない」と言いがちなのは、テレビに出てこそアイドルだという古い定義がまだこびり付いているからだ。だけど、ファンのいないアイドルをぼくはアイドルとは呼びたくない。
 AKBが頻繁にテレビに出るようになって以降、CDショップに「アイドル」のコーナーが作られた。そこで気づいたのは、そのアイドル枠にPerfumeは置かれてなかったんだ。店にもよるんだろうけど。
 近年のアイドルアニメ、そのイメージはAKBから作られているんだろうなと感じる。それらのアニメ、例えば衣装デザインが明らかにAKB的なものを模倣している。モーニング娘。のファンとして、それが悔しかった。だからぼくはアイドルアニメを一切見ない。
 ぼくが彼女たちを枢軸と呼ぶ理由。ファイブスター物語デザインズ4にもあったようにバッハトマの制服が圧倒的だということで、だからぼくは48や46やラストなんとかを「枢軸」と呼んでいる。連中を枢軸と呼ぶのは、ぼくのなかでモーニング娘。ミラージュ騎士団だという前提があってこそ。最強だがある意味無視されてる。

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